【コラム】神前結婚式

ウィリアム J. ヤング筆者 ウィリアム・J・ヤング

鎌倉生まれ、鎌倉育ちの元アメリカ海軍少佐で、海軍認定のテロ対策教官も務めてました。現在は日本の企業や市民団体にテロ対策を教えるコンサルタントとして活躍しています。詳しくはこちら:http://www.rhumbline.co.jp/ 日本の歴史・文化に造詣が深く、アメリカ人ならではの視点から、日本人には新鮮な観点で海外の方には分かりやすく日本の社寺の魅力を紹介しています。 全ての記事を見るにはこちら:http://jtast.jp/archives/tag/young 英語の記事は見るにはこちら:http://sanpai-japan.com/author/william-young/       shinzen1 私達夫婦は、平成28年4月末に鎌倉市役所に婚姻届けを提出しました。 その約一週間前、家に妻を迎え入れるために、今までは倉庫と化していた、生前母が使用していたマスターベッドルームを、友人に手伝ってもらいながら片付けていました。 骨董品が詰められている桐の箪笥を動かすため、重みを減らそうと、中の物を出していた時、高島屋の包装紙に包まれた、大きな衣類が出てきました。中身を見てみると、それはとても美しい二枚の打ち掛けでした。私は母がこのような着物を持っていたことも全く知りませんでした。打掛けを見た友人は、これを挙式に使ったら良い、と提案してくれましたが、私は、「彼女は結婚式や披露宴を一切望んでいない。」と返しました。妻は私達の結婚に関しては入籍のみで結婚式はしない、と決めていたからです。 「残念だなぁ。ヤングちゃんのお母さんが『これを挙式で使いなさい。』と言っているんだと思うけど。」「しょうがないよ。」とだけ答え、私達は部屋の片づけに戻りました。 その翌日、鎌倉へ遊びに来た妻は、「実は気が変わってきたの。やっぱり挙式をして、その姿を両親に見せてあげたいかなと思い始めたの。」。挙式や衣装レンタルの費用を心配する妻に、私は微笑み、「衣装はもうここにあるよ。二着も。」と答えました。   sinzen2 鎌倉生まれ、鎌倉育ちの私にとって、挙式するとなれば、鎌倉の護り神である八幡様以外は考えられません。挙式場所は簡単に決まりました。次は式の日取りです。妻の家族に参加してもらうためには週末になります。出来れば吉日を選びたい。そして、会場となる鶴岡八幡宮の舞殿は参道に設けられており、壁などは無いので、冬と夏を避け、春か秋に行いたい。 役所に婚姻届を提出した後、挙式の予約を取るために、妻の父から借りた六曜を手に二人で八幡宮へ向かいました。私達の希望が全て当てはまった日はなんと翌年の4月23日。ほとんど一年後!妻が納得する日ならば仕方ありません。無事に希望する日の予約を取り、家へ帰ったのでした。 私達が予定している和装での結婚式には、複雑で様々な準備が必要となるので、素人にはとても対応できません。翌週中には鎌倉にあるいくつかのウェディングサロンの中から一つを選び予約しました。私が持っていたものは打掛けのみ。他にも何層もの衣類と、装飾品、ヘアメイク等が必要です。私も上から下まで全てレンタルしなければなりません。その他にも、人力車での移動、写真撮影、DVD撮影などなど、記念すべき一日のための沢山のオプションがあります。人生の一大イベント、お金がかかっても、プロにお願いする価値は十分にあります。私達も、準備から挙式終了まで一日プロカメラマンに付き添ってもらう写真撮影をお願いしました。 新郎の私の衣装は羽織袴です。羽織に着ける家紋が必要でしたので、友人の竹中洋介さんに頼み、由緒ある竹中家から家紋を借りる事にしました。竹中家の家紋は「丸に九枚笹」と呼ばれるもので、ウェディングサロンにもそれを伝え、データも渡し用意してもらいました。 八幡宮では、年に数回、八幡宮挙式に関する説明会が開かれています。私も挙式の少し前、平成29年3月に妻と二人で参加しました。20分ほどのビデオで挙式の流れを勉強し、その後、正しいお辞儀の仕方を練習しました。神職の方々は90度のお辞儀をするそうですが、これは素人には無理なので、せめて45度のお辞儀を目指します。 説明会ではこのような可愛らしいパンフレットも配られました。 sinzen3 挙式前日、母の打掛け二枚(因みに、クリーニングには3週間、2万円かかりました。)と、親族が待ち時間につまめるようなお菓子や飲み物をウェディングサロンに届けました。 挙式当日、シアトルから駆けつけてくれていた姉と妻は、朝の5時半に家を出発し、妻は6時からウェディングサロンで身支度を始めました。私達の挙式開始は12時です。花嫁のための日本髪と化粧、着付けには大変な時間がかかります。妻の母はヘアメイクを希望せず、着付けのみでしたが、それでも午前8時から始めています。私は袴の着付けのために8時半、妻の父はモーニングに着替えるために9時に、それぞれウェディングサロンに到着し準備を始めました。妻の弟と、媒酌人代理である友人、竹中洋介さんも集まり全員がそろいました。(高齢の私の叔父は、直接八幡宮の控室へ向かい式直前に合流する事になっていました。) 一通り準備が整うと、まずウェディングサロンのすぐ隣にあるお寺で記念撮影を行いました。 撮影会を終え、妻が写真撮影用の打掛けから、実際に挙式で着る打掛けに着替えるために、また皆でサロンへ戻り20分ほど過ごしました。妻は打掛けを替え、髪飾りもそれに合うものに取り替えられました。全ての準備が終わり、いよいよ挙式に向けてウェディングサロンを出発するという時、最後の最後に行われた事は、妻の母が妻に口紅を引く事でした。これは昔、花嫁が実家から直接嫁いで行く時に、「母が娘のために最後にしてあげられる事」とされていました。この光景は、現代でも心が打たれます。 sinzen4 挙式会場である鶴岡八幡宮までは、ウェディングサロン隣のお寺から人力車で向かいました。人力車に乗るのは私達夫婦だけで、他の参列者は皆で徒歩で移動します。私達を乗せた人力車は、土産物屋が並ぶ小町通りを抜け、八幡宮の参道である若宮大路を通り、皆が先に八幡宮に到着し私達を待てるように、遠回りをしながら向かいました。   sinzen5 やがて人力車は八幡宮の三ノ鳥居に到着し、皆に迎えられながら人力車を降りると、本格的な写真撮影会が始まりました。八幡宮の境内を移動しながら撮影して回り、30分ほど経った頃、舞殿近くの控室へ案内され、挙式を担当していただく巫女さんから挙式中の作法などの説明を受けました。 控室では重要な事が行われました。誓詞の記入です。誓詞には挙式中に私が読み上げる誓いの言葉が書かれているのですが、そこに私達の名前を書き入れます。名前を記入する箇所は二箇所あり、誓いの中では妻の名前は旧姓、最後の署名では結婚後の夫の姓で記入します。通常は新郎が全て記入しますが、私の書いた漢字では神様が読み取るのに苦労するかもしれませんので、妻にお願いしました。   sinzen6 控室では玉串拝礼の練習もしました。 これは深い意味が込められた榊を神前に捧げ、私達の結婚を神様に奉告する儀式です。決められた作法がありますので、そのやり方を学びます。   snzen7 正午の数分前、私達は控室を出て列になり、楽人・神職・巫女に先導され参進し、舞殿に上がり、全員が指定された席に着くと、以下の式次第に沿って挙式が行われました ・開式 雅楽演奏と共に式が始まります。 ・修祓の儀 一同、神職によるお祓いを受けます。   sinzen8 ・祝詞奏上 斎主が神前でふたりの結婚を奉告。祝詞を読み上げます。 ・巫女による神楽舞 巫女が実朝公の御歌に合わせ神楽舞を奉仕。 ・誓いの盃 三三九度。新郎新婦が誓いの盃を交わします。この間、雅楽演奏を奉仕。 sinzen9 ・誓詞奏上 新郎新婦が神前に進み、一礼後、新郎が誓詞を読み上げます。 sinzen10 ・玉串拝礼 新郎新婦が玉串を神前に捧げます。この間、雅楽演奏を奉仕。   sinzen11 ・親族盃の儀 一同起立。両家の親族、新郎新婦、媒酌人が盃をいただき、親族の誓いを交わします。   sinzen12 参進から挙式中も奏でられている雅な音楽は、録音ではなく、側についている楽人による演奏で、厳かな雰囲気に包まれています。 挙式後、私達は、舞殿の外から私達の挙式を見届けるために八幡宮まで足を運んでくれた友人達と写真撮り、ウェディングサロンに戻り衣装を脱ぎ、記念すべき長い一日を終えました。 sinzen13     こちらの全日本社寺観光連盟での私のコラムをお読みいただいていた皆さまは既にご存知のことかと思いますが、私は、私と妻を結びつけてくれたのは、古の軍師竹中半兵衛重治公であると確信しています。挙式で袴を着るならば、袴の家紋はどうしても竹中家のものを使いたかったため、友人であり、竹中半兵衛公の子孫でもある竹中洋介さんにお願いし、今回の私の袴には、お借りした竹中家の家紋が付けられることになっていました。 そして迎えた当日、挙式前の控室で、洋介さんは私達に贈り物があると言い、綺麗に包装された箱を手渡しました。それは額縁に入れられた西陣織の竹中家の家紋、「丸に九枚笹」でした。今回挙式のために私が竹中家からお借りした家紋です。洋介さんに促され、額縁の裏を見てみると、 『ウィリアムJヤング殿 友好の証として、 竹中家の「丸に九枚笹」紋を 貴家に贈ります。 竹中半兵衛重治 十七代目子孫 竹中洋介』 と書かれています。 竹中家の家紋は、16世紀に松寿丸と呼ばれる幼い男の子(後の黒田長政公)に与えた時以来、他の誰にも与えてこなかったものです。 sinzen14 ワオ! これは大変名誉な事です。私が鎌倉の護り神に結婚を誓うために舞殿へ上がった時には、借り物の家紋ではなく、自分の家紋を着けていました。 私、妻、そして私達の子孫は、この「丸に九枚笹」を自らの家紋として使用する事が許されたのです。 今回の記事で使用している写真は、鎌倉ウエディング縁に依頼しプロカメラマンに撮影してもらったものと、挙式を見に来てくれた妻の友人が撮影してくれたものです。写真にクレジットが入っていないものは、ウェディングサロンのカメラマンが撮影したものとなります。 (八幡宮挙式説明会のパンフレットのみ撮影者は私です。)